沈みゆく故郷への旅路
オーギュストは暇すぎて樹海に遊びに行ったら迷った。哀れだね
オーギュストいと嘆きけり
「我が生涯をここで終えるにはあまりにも惜しい、でも迷ったから出られんのまじつらたん」
そこに女が現れる
彼女はオーギュストを見て目を見開き、オーギュストに駆け寄るなりこう言った。
「早まらないでください! もう一度、考え直して!」
オーギュストは一瞬意味を理解できなかったが、やがて理解して、
「いや! 我道に迷っただけであり、死を考えたこと此の方一度もなし」
と言う。
女は
「ああそうなんですか、早とちりしてすみません。出口ならこっちですよ。ついてきてください」
と言い、不用心にもオーギュストに背を向けて歩き出した。
オーギュストは彼女についていった。
出口は見たこともない場所だったが、太陽が燦然と輝き、草木が青々と茂っているので地球であった。夏なので日の沈みが遅い。
「ありがとう。貴方は命の恩人だ」
「いえいえ。ところで今日はどちらの方からいらしたんですか?」
「イース」
女はまたもや目を見開いた。
「それは……あの淫蕩女のダユー太夫のいるところ、かのフランスのソドム!」
「その通り! ところでここはなんというところだろうか、樹海から出たはいいがここも見知らぬ地だ」
「ここはアルビオンの岸。失われし楽園の民が暮らすところです」
「なんて事を、ここはイギリス! 樹海はユーロスターの線路だったのか?」
「違います。まさか、貴方は帰り方が分からないんですか?」
「恥ずかしながら」
オーギュストゎいかにも照れている仕草をして見せたょ。。。
「じゃあ、私が案内しましょう! コルヌアイユまでの道なら知っていますから」
「本当にすまない、感謝する」
女はニッと笑った。
「いいんですよ! 樹海での死体探しも嫌になった所ですし……私はミレーユ。これから宜しくね」
「我はオーギュスト。こちらこそ宜しく」
オーギュストとミレーユは手に手を取らずにコルヌアイユへ向かった。
道中には新幹線で山陽を通っていると見えるアレみたいな山の上に建つ城があった。
「あれは何だ」
「高き城の主の城です。彼はハエ焼き稼業をしていて、たまに逃げ出したハエがそこら辺を飛んでいます。熱いので気をつけてください」
ハエ焼き稼業という耳慣れない言葉にオーギュストは首を傾げたが、まあそういうのもあるだろうとすぐに受け入れた。
目の前にはミレーユの警告通りハエが二匹くらい飛んでいた。
ハエは熱いからか異常な速さで飛び回っている。これをミレーユは難なく躱した。
オーギュストも見よう見まねでやってみたがハエに激突された。
「熱い!!!!」
「ああ……! すぐに水で冷やしてください!」
オーギュストは須臾にして持ってた水筒の水をかけたね。
「うるせーーー!!! 何者だ貴様ら静かにしろ!!」
突然怒号が響いたのでオーギュストは水筒を腕にぶつけた。
声の主は王らしき風体で、松明を持っていた。
「すみません! 焼きバエとぶつかってしまって……」
「何だ、殺し損ないがまた逃げたのか」
そう言い彼は松明からビームを出し、ハエを消した。
「いい加減逃げ出せないようにしておかないとな」
オーギュストは高き城の主をじっと見つめた。
「貴方はどうしてハエを焼いているのか、教えてくれないだろうか?」
「ああ、それは……」
高き城の主はチラっと城の方を見た。
「マゴットセラピーを知っているか? 私はそれ用のウジ虫を育てているのだが、需要がないのでウジ虫が蝿に成長してしまう。それを焼いているのだ」
「本末転倒やんけウケる」
「マジそれな」
高き城の主は真顔で言った。怖
そして思い出したかのように訝しげな顔をし、
「ところで、貴様らは何故ここにいる? ここに来るのはかの背徳の地に行く者だけだが、まさか、イースに?」
「そのまさかだ。私はイースに住むオーギュスト。このアルビオンの岸に迷い込み、彼女、ミレーユにコルヌアイユまでの道を案内してもらっている」
「ならば急げ。あの街はじきに海の底へと沈む。私のいとこがダユー太夫を誑かしに向かったのだ」
「な、何たることか! 我が故郷に何の恨みがあるのだ!」
オーギュストは思わず叫んだ。
「ソドムとゴモラが背徳の限りを尽くし滅びたのならイースもまた滅ぶ。当然ではないか?」
「なるほど」
しかし高き城の主の言葉によりすぐに納得した。
イースは背徳の地。それは住民たるオーギュストも分かっていた。それでも引っ越さなかったのは生まれ故郷である以上になんとなく心地よさを感じていたからなのだ。
それにしても滅びるのは悲しい。オーギュストは目を閉じて故郷を思い浮かべていた。
「あなたのいとこはいつ頃にイースに着く予定ですか?」
ミレーユが問う。
「途中でパンケーキ屋に寄ると言っていたから……、恐らく明日の夜だろう」
「ああ間に合わない! 私たちが今すぐ出発したとしても着くのは明後日の朝、到底水没前に戻るなどできません!」
「では、このまま故郷の水没を指を咥えて見ていろというのか!」
オーギュストは正気に戻り嘆いた。よく嘆く男だ
「それはどうだろうな?」
高き城の主はオープンカーを車庫から出してきた。
「乗せてくれるというのですか?」
「勿論。今の私は機嫌がいいからな。ふふ……算数の教科書の時間差兄弟じみたことを出来るとは、長生きした甲斐があったぞ」
「高き城の主よ、感謝する。これで水没前に家財一式を持ち出すことができる」
オーギュストは深々とお礼をし、感謝の意を示した。