ワコード・スーニン

霧立ち込める満月の夜、ユリカはネグリジェ姿で外に出かけた。


『満月の夜に出歩くと吸血鬼や狼男に出くわすから出歩いてはいけない』というのはこの地域に昔から伝わる言い伝えだが、ユリカはその伝承を信じておらず、

そんなものがいるなら会ってみたいわ、と考えていた。


煉瓦の敷き詰められた道を歩いていると、突然5m先も見えないくらいに霧が濃くなった。

「何よこれ……何も見えないじゃない。」

ユリカは立ち止まり辺りをぐるっと見回した。

すると向こうに人の影が見えたのでユリカはその人と話をして不安を解消することにした。


影はどんどん近づいてくる。

近づいてくるにつれ、辺りは冷え込んでいく。

ユリカは、その人が本当に人間なのかと考え、そんな訳ないわよね、とそれを否定した。

辺りは凍てついたように冷たくなり、ユリカのネグリジェ姿では凍えるように寒く、ユリカはブルブルと震えた。


いよいよその人の姿が見えるようになった。

柔らかそうなふわりとした金髪に、透き通るような白い肌。整った顔立ち。深い青のネクタイのタキシード姿に赤黒いマントを纏い、その瞳は鮮血のように赤く、ユリカを捉えていた。

「こんばんは。一人かい?」

そう言って笑った拍子に、鋭い牙が口からチラリと覗いた。

「ひっ!」

思わずユリカは悲鳴を上げる。

「怖がらないでよ。まだ血を吸う気はないから安心して。」

「血を吸うって……貴方が噂の……?」

「もちろん!吸血鬼だとも!」

「まさか本当にいたなんて……。」

ユリカは今まで信じていなかったものが目の前に現れたので驚き硬直した。

「君は逃げないんだね、名前は?」

「ユリカ……。」

ユリカはやっと声を絞り出した。

「ユリカちゃんか。僕はエルネスト。エルネスト・アイグレンツェだよ。」

エルネストはユリカの右手をとり口づけをした。

「やめて! 血を吸わないで!」

ユリカは軽くパニックを起こしている。

「これは挨拶だよ。それに手の甲から血は吸えないよ。」

「そ、そう……。」

ユリカはパニックを起こした自分が恥ずかしくなった。

「せっかくだから、一緒に歩かない? こんなに霧は濃いけど。」

「そうね……。」

正直ユリカは得体の知れない者と一緒に歩くのは怖かったが、断ると何されるか分かったものじゃないので断れなかった。


霧の中を二人で歩いていると、エルネストがユリカの方を見て話しかけた。

「君は、僕のことを怖いと思ってるようだね。」

ユリカは恐る恐るうなづいた。

「怖がらなくても大丈夫だよ。僕は無闇矢鱈に血を吸う吸血鬼じゃない。」

「吸血鬼って時点で既に怖いわ。」

とユリカはボソッと呟いたのを聞いたのか、

「許可もなしに血を吸うのは悪い吸血鬼だよ。でも、僕はそうじゃない。自分で言うのも何だけど、いい吸血鬼だよ。だから安心して。」